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死ぬまでに一度は見たい!ザハ・ハディドの名建築まとめ

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死ぬまでに一度は見たい!ザハ・ハディドの名建築まとめ

新国立競技場の最初のコンペで最優秀賞に選ばれた設計案。流線型の競技場のデザイン画は、まるで宇宙から降りてきた生き物のようで、私たちは驚かされ、建物を設計をした女性建築家ザハ・ハディッド氏の名前も今回の件で広く知られるようになりました。日本ではこれまで一般的にはそれほど知られていませんが、世界的にとても有名な建築家です。

彼女のデザインした競技場のデザインは、また、さまざまな議論も呼びました。あの建物を設計したザハ氏とはどんな人物なのでしょうか。また、彼女のは他にどんな建物を設計しているのでしょうか。

1.ザハ・ハディド氏の経歴

th_e350a0cdc63f62e40138036e5e973975_zahahadidbystevedouble_forweb_0272出典:http://www.zaha-hadid.com/people/

イラク出身、ロンドン在住です。父親は政治家で、イラクでのサダム・フセイン政権樹立を機に、反対勢力であった父親や家族とともにイラクを出国しましたロンドンの私立の建築学校を卒業後、設計事務所で修行、3年後に30歳で独立しました。

1983年にピーク・レジャー・クラブという香港の高級レジャー施設の設計コンペで優勝して脚光を浴びます。

しかし作品は、諸事情により実際に建設されることはありませんでした。その後アンビルド(建築されない建築家)の時代が長く続き、独立から十数年もの間、実際に建築された建物はありませんでした。そのため彼女には「アンビルドの女王」という異名が付けられます。

しかし、2000年代に入ると、建築技術の進歩により、建設可能な建物が増えてきます。

2004年には、建築界においてノーベル賞に相当するとされるプリツカー賞を女性で初めて受賞しました。作風は、垂直や直角がなく不定形な形や、曲線を駆使したデザインが特徴です。

2 .ザハ・ハディド氏の作品は?

ザハ・ハディッド氏は、建築家として知られていますが、関わった作品は建築物から、家具、インテリア、靴やアクセサリーまで幅広く、建築物やインテリアだけでなくこれまでにさまざまなプロダクトデザインを手がけています。

ここでは、建築作品に絞って代表的な作品を紹介します。

2 -(1).ピーク・レジャー・クラブ

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ピーク・レジャー・クラブとは、香港のビクトリア・ピーク山の頂上に建設予定だった高級レジャー施設です。500以上もの応募作の中から、ザハ・ハディッド氏の案がコンペで優勝し、爆発した建物の破片が組み合わさったようなショッキングなデザインが注目を集めました。

しかしザハ氏がコンペで勝利したその直後に出資予定の事業者が倒産したことで、実際に建設されることはありませんでした。

2 -(2).カーディフ・ベイ・オペラハウス

car出典:http://www.archello.com/en/project/cardiff-bay-opera-house

イギリスのウエールズの首府・カーディフに建設される予定だったオペラハウスです。こちらもコンペによってザハ氏の提案が選ばれました。

しかし英国では当時の皇太子チャールズが伝統的な建築の復興を訴えるキャンペーンを行っている最中で、ザハ氏の案のような前衛的な建物を建設するのは少々はばかられる雰囲気がありました。そこで主催者はコンペをやり直すことにします。

そして行われた二度目のコンペ。ここでもまたもやザハ氏の案が優勝します。すると、資金提供を予定していた国営くじ公社が建築計画を中止してしまい、結局建設されることはありませんでした。

2 -(3).ヴィトラ社消防所(ドイツ ヴェイル・アム・ライン)

zaha (2)出典:http://www.praemiumimperiale.org/ja/laureate/music/hadid

「アンビルドの女王」と呼ばれるようになっていたザハ氏最初の本格的なビルド作品が、ドイツのヴェイル・アム・ラインという町にある、「ヴィトラ社消防所」と呼ばれる建物です。

「ヴィトラ社消防所」は、スイスの家具・インテリアメーカー「ヴィトラ」社の工場跡地に建設された比較的小規模な消防施設です。

現在は消防施設としての機能はなく、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの一部として、ヴィトラ社の椅子のコレクションが展示されています。

2 -(4).リバーサイド・ミュージアム

dezeenRiverside-Museum-by-Zaha-Hadid-1出典:http://www.dezeen.com/2011/06/10/riverside-museum-by-zaha-hadid-architects/

イギリスのグラスゴーにある交通博物館の移転先として建設された博物館です。

ギザギザの屋根と、向かって正面にせり出すように傾斜した建物のファサードが特徴です。交通車両などの展示施設のほか、オフィススペースも併設しています。

2 -(5).ロンドン アクアティクス・センター

lac09出典:http://www.lifener.net/e3482981.html

ロンドンオリンピック・パラリンピックの水泳競技会の会場となった建物です。ロンドン・オリンピックの期間中のこの建物は、実は世を忍ぶ仮の姿。オリンピック期間中は観客席の数は17,000超ですが、閉会後は観客席の一部を取り外して2,500席へ縮小するのです。

建物の両翼にあたる部分が仮設の観客席で、閉会後にこの部分が撤去され、コンパクト化する工事も完了しました。現在はロンドンオリンピックの開催時の外観とは変わって、波打つような屋根を持つ本来の優美な姿を見ることができます。

2 -(6).ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー

10332e5f7405f48ae16a6752d1001671香港理工大学内にあり、デザイン系の学部が入る建物です。大学ということもあり、自由に中を見学できます。

内部には地面に対して垂直な部分がありません。ずっと建物の中にいると、平衡感覚がなくなりそう。私見ですが、初期の作品である「ピーク・レジャー・クラブ」が「破片」なら、それらを集合・集積させることで、この建物になりそうです。同じ香港ということで、作品をリンクさせたのでしょうか。

ザハ氏は他にもアジア、中国に多数の建築物を建築し・または建設中で、中国では本物の完成前にデザインを真似され、先に建てられてしまった建物もあります。

2 -(7).BMWセントラルビルディング(ドイツ・ライプチヒ)

th_65d1300db123ce22f6e2569fb36764f8_1041_bmwce_phot_05出典:http://www.zaha-hadid.com/architecture/bmw-central-building/

ビルの外観の一部に、どことなく車のダッシュボードを思わせるデザインが組み込まれています。外観もさることながら、工場のラインの一部がオフィスエリアに引き込まれているのが特徴で、オフィスでデスクワークしている人の頭上を、工場のラインに乗った車のボディが流れていくという状態です。

デスクワークの人は、音とか気にならないのでしょうか?

2 -(8).ヘイダル・アリエフ・センター

2出典:http://heydaraliyevcenter.az/#main

ヘイダル・アリエフ・センターは、アゼルバイジャンの首都バクーに建てられた複合文化施設です。一つの建物の中に美術館、図書館などが入っています。

「ヘイダル・アリエフ」とは、アゼルバイジャンの第3代大統領の名前だとか。外観は、建築物というよりも、小麦粉でできた生地を薄く伸ばしてガラス窓の建物を包んだような、物体が熱でぐにゃりと溶けたようなかたち。

内部は白を基調としており、流線型と直線を組み合わせた洗練されたデザインです。

彼女の建築作品を見てみると、破片が飛び散ったような直線的で不安定さを感じさせる作品から、時代を追うと流線型で有機的なものへと作風が変化していくのがわかります。

新国立競技場のプランは後者のタイプです。しかし、左右非対称をしていることが多い彼女の建築デザインの中では珍しく、左右対称なデザインであることが特徴的です。

3.日本との関係

新国立競技場のデザイン案で、一躍日本でも脚光を浴びたザハ・ハディッド氏。

これまで日本に建てられた大きな建物はなく、一部の建築やデザインの愛好家を除いて、一般的にはあまり知られていない存在でした。実は日本とは少なからず縁がある人物なのです。

最初にザハ・ハディッド氏の才能を見いだしたのは、日本人の建築家・磯崎新氏です。

磯崎氏は当初から彼女の作品を高く評価しており、最初に注目を浴びたのが、香港のピーク・クラブのコンペでザハ氏の案が最優秀作品に選ばれたことでしたが、このコンペの優勝には、磯崎氏の強い推薦があった、という経緯もあります。

「アンビルドの女王」と呼ばれていたザハ氏。建築家としてのキャリアの中で、初めての実現したプロジェクトは、実は日本での仕事でした。

札幌のモンスーンレストランの、内装や家具などのデザインを手がけたことが、ザハ氏のキャリアの中での最初の「実現した」プロジェクトだったのです。

その後、南青山のブティック「ニール・バレット青山店」のリニューアルオープンで内装を手がけたのが、日本での本格的な作品となります。

ニール出典:http://www.shotenkenchiku.com/test-sk/Monthly/bk_number/0811/neilbarrett.html

ニール・バレットはイタリアのファッションブランドで、デザイナーのニール・バレットがザハ・ハディッド氏の作品のファンであったことからこの企画が実現しました。リニューアルした「新・ニール・バレット青山店」は、モノトーンで統一された店内に、ザハ氏のデザインにによる特徴的な棚が作られました。

棚はスライスチーズを曲げて何層にも重ねてスライドさせたような独特な形状で、黒のフロアから白い棚が浮かび上がるような存在感を示していたものです。

ニール・バレットの青山の直営店は、長らく日本で見られる唯一のザハの建築作品として建築やデザインの愛好家に知られていましたが、2013年に閉店してしまい、残念ながら現在は見ることができなくなってしまいました。

他には、大阪の国際花と緑の博覧会で、フォリーと呼ばれる、ヨーロッパ式庭園に作られる日本でいう「あずまや」にあたる建物を建築したり、過去に原美術館の企画展・ドイツ銀行コレクション展の展覧会場設計を担当するなど、日本での仕事もいくつか行っていました。2009年には、高松宮殿下記念世界文化賞も受賞しています。

4.アンビルド再び・新国立競技場案

新国立競技場のコンペでザハ氏の案が最優秀に選出された後、様々な批判が噴出し、コンペが白紙撤回され、再募集、再選出になった今回の件。隈研吾氏の案が選ばれようやく決着がつきましたね。

最初のザハ氏のデザイン案は私たちに衝撃を与えました。その外見から、カブトガニに見えるとか、自転車のヘルメットみたい、などと言われたことも記憶に新しいと思います。

外観のデザインそのものの善し悪しや好き嫌いについては賛否両論ありましたが、特にマスコミなどで批判が集中したのは、ザハ氏の案を実現するために必要な工事費の見積もり額が日を追うごとに上がっていったことではなかったでしょうか。また、周囲の景観にマッチしていないのではないかという点も心配されていて、専門家からは建築家の槙文彦氏により、大きすぎるのではないかとの意見が出され、同調する署名も集まっていました。

規模を縮小した修正案も提出され、ザハ氏側も東京の千代田区に事務所を構えて、政府などに様々な働きかけもしていました。ザハ事務所側は、実は安くするためのプランも作成していたのですが、日本側に聞いてもらえなかったと言います。結局コンペは白紙撤回され、ザハ氏にとっては、アンビルドのコレクションが一つ増えてしまう、という結果になりました。

5.まとめ

「アンビルドの女王」と言われた時期もありましたが、現在は技術の進歩により、続々とザハ作品は建設・実現されるようになりました。現在も進行中のプロジェクトを複数抱え、彼女は世界を飛び回る日々を送っているようです。

今回の新国立競技場のプランは実現しませんでしたが、再選された隈研吾氏のプランは、外観のイメージは全く違いますが、競技場内部の作りに関しては、ザハ氏の案を踏襲している部分が多いとも言われています。

ザハ氏のような作品は、今回の新国立競技場の建てられる、歴史の深い神宮エリアにはあまりふさわしくなかったかもしれませんが、湾岸エリアなどであれば違和感はなかったように思います。また、もし機会があれば、どこかの空港などをデザインしてもらうのは面白そうです。

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