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【昭和の裏話】“住んでみたい街ランキング”第3位「横浜」の知られざる魅力!

【昭和の裏話】“住んでみたい街ランキング”第3位「横浜」の知られざる魅力!

東京以外の首都圏で、“住んでみたい街”ナンバーワンの横浜。

異国情緒の漂う独特の魅力と、「みなとみらい」エリアの近代的な街並みに多くの人が憧れ惹きつけられます。

そんな横浜に、昔はどんな風景があったのでしょう。今回は、あまり知られていない横浜の「昭和の顔」をご紹介しましょう。
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横浜東口で唯一のランドマークだった「スカイビル」

スカイビル横浜駅周辺で最も様変わりしたのは、何といっても東口の景色でしょう。現在はタワーマンションが立ち並び「そごう横浜店」などの大規模な商業施設がある東口。

しかし昔の東口にはルミネ横浜東口店があるだけで、第一京浜を隔てて1968年に完成した初代の「スカイビル」くらいしかなかったのです。

最上階にある、円形のフロア全体が回転するレストランがシンボリックな建物。開業当時は人気を博していたようですが、地の利が悪いせいか、次第に利用者がへり徐々に寂れていきました。そして横浜駅の東口界隈は活気を失い、閑散としたエリアになったのです。

現在の「スカイビル」は、1985年に「そごう横浜店」が開店した後、東口の再開発に伴って1996年に建て替えられたものです。

横浜駅東口は、箱根駅伝の「花の2区」

1c34e12b2a65e98de9639233dea041c4_s横浜駅の東側は「第一京浜」に面して、その上を「首都高速羽田線」が走っているというロケーション。「第一京浜」は箱根駅伝の往路では「花の2区」で、毎年テレビ中継されていますよね。

でもテレビの中継を見ると、「横浜駅前」とアナウンスされている割にはこれといった建物は映っていないでしょう。

実は、今でも駅の東口には、「ルミネ」以外これといった建物はないのです。あるのは駅前に面した「第一京浜」とその上を走る「首都高速羽田線」だけ。

大規模商業施設やタワーマンションは、「第一京浜」と「首都高速羽田線」を超えた先にあるのです。

横浜駅周辺は地下街が賑やか

地下街今も昔も、東側の商業施設へは1980年11月に開業した地下街のポルタ経由なのです。つまり横浜駅の東口には、「ルミネ」以外に地下にしか商業施設がないということです。

しかし1985年9月に「そごう横浜店」が開業するまでは、ポルタは今ひとつ賑わいのない地下街でした。

なにしろスカイビルは寂れていましたし、地下街の先には何もないのですから。

人の流れは、「高島屋」や「相鉄ジョイナス」がある西口のダイヤモンド地下街が主流だったのです。

しかし「そごう横浜店」の開業に伴い、徐々に人の流れは戻ってきました。「そごう横浜店」を利用する人たちが必ずポルタを通るわけですから、多くの人が行き交う賑やかな地下街に変貌していったのです。

2000年に全面リニューアルされトレンディなショップが次々に出店し、北側にはイタリアの雰囲気を意識したリトルイタリアンという飲食店ゾーンができ、女性に人気のエリアになっています。

一方、西口のダイヤモンド地下街は現在リニューアル中で、2015年末には駅ビルの「相鉄ジョイナス」に統合される予定。

そして「ダイヤモンド」という呼称がなくなり「相鉄ジョイナス」に一本化されるそうです。時代の流れとはいえ、何となく寂しいですね。東西、いずれも、横浜駅周辺は地上よりも地下街が賑やかなのです。

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西口五番街は、横浜の歌舞伎町?

3b087bbe1c92c973dbbd0f6dfe219a31_s横浜駅西口を出て左、「相鉄ジョイナス」の自由通路を通り抜けた先に「西口五番街」があります。そこには、再開発された東口の景色とはまるで違う雰囲気が漂っています。

新宿歌舞伎町のミニチュア版といえば分かりやすいでしょうか。

今は若い女性や中高生が普通に歩いていますが、その昔はちょっと危ない雰囲気が漂うエリアでした。かつては駅ビルから新田間川の間にある狭いエリアに、グランドキャバレーやバーなどが建ち並ぶ歓楽街だったのです。

そういった夜の賑わいとはうって変わって、昼間の五番街は一種独特の空気が流れていました。何というか、よそ者を受け入れないような閉鎖的なイメージでしたね。

地元の大人たちは、「子供は五番街に足を踏み入れてはいけない」と言う程だったのです。しかし、それも遠い昔のこと。今では、そんな昔の雰囲気を知る人は少なくなりました。

そして、今では見られなくなった大規模な喫茶店が何件もありました。5階建てのビルがまるごと喫茶店というケースもあり、数百席もある店内が大勢の人で賑わっていたのです。

個に時代の喫茶店のメニューは、コーヒーはレギュラーのブレンドのみ。若者の間で、レモンスカッシュが流行っていた時代です。

平日でも、朝のモーニングタイムや夕方は多くの来店者が混雑していたのです。ウエイターやウエイトレスが十数人いて、キッチンにも10人近くの従業員がいました。

中には、同じビルに従業員用の浴場がある喫茶店もあったそうです。今では考えられない光景ですよね。なにしろ、スタバやドトールなんて無い時代でしたからね。おでんそして、五番街の縁を流れる新田間川沿いには、おでん専門の屋台が数件並んでいました。若いサラリーマンやカップル、中年のオジサマ達が初対面でも和気藹々と会話を楽しめるハマっ子の社交場といった感じです。観光客など他所の人が来ることは滅多にありませんでしたね。

しかし、いつ頃からか、衛生上や風紀の問題があるとかで閉鎖されてしまったようです。話し上手で聞き上手、客あしらいが心地良い粋な店主がいて、とても面白いところだったのですけどね。今でも、五番街には居酒屋やキャバクラなどの飲食店が多く存在しています。

しかし昔に比べると、ひと回り小ぶりな歓楽街という感じになりましたね。

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横浜の下町、「平沼商店街

平沼商店街出典:itot

横浜駅から京浜急行の線路沿いに歩いて、10分ほどのところに「平沼商店街」があります。今はもう、商店街としての景色は殆どなくなってマンションが立ち並んでいます。昔から特にこれといった特色がある商店街ではなかったのですが、唯一有名なのが「角平」というお蕎麦屋さん。

img_tuketen出典:名代元祖つけ天 角平

このお店の蕎麦はもちろん美味しいのですが、天ぷらも評判の蕎麦屋さんなのです。ということで、このお店の名物は、「つけ天」。

普通のお蕎麦屋さんのメニューならは「天ざる」で、天ぷらはつけ汁とは別に出てきますが、「角平」の「つけ天」は揚げたての海老天が“つけ汁”に入った状態で出てくるのです。

もちろん、「角平」にも「天ざる」というメニューが別にあります。でも値段がお手頃ということもあってか、「角平」では圧倒的に「つけ天」が人気なのです。

なので、席に座ってメニューを見ずにひと言「つけ天」と、注文するのが常連の証。平沼橋商店街にあるのは本店で、他にも関内や馬車道などに支店があります。

ハマっ子だったら、このお店のことを知らない人は少ないでしょうね。

それともう一つ、この街の昔話。実は平沼という地区は、ちょっと怖い職業の方が多く住む町だったのです。昭和56年頃まで、この辺には2件の銭湯がありました。

どちらの銭湯に行っても、背中や腕に芸術的な絵が描かれた年配の男性に出くわすのです。

今の時代はそういう方は浴場に出入することが禁止されていますが、その当時は普通に銭湯を利用していたのです。そして誰も怖がることもなく、咎めるようなこともありませんでした。

これって、古き良き昭和の風景ですね。

まとめ

どこの町にも昔の風景はあるものですが、横浜駅周辺の昔話は如何だったでしょうか。今の横浜とはだいぶイメージが違うかもしれませんね。

「みなとみらい」エリアは、大規模な再開発で急激に変わりましたが、横浜駅周辺は時間をかけて徐々に変わっていったのです。

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