【必見!】多くのマンションで耐震診断が行われない本当の理由

2015.10.29
【必見!】多くのマンションで耐震診断が行われない本当の理由
2011年3月に発生した東日本大震災は直接震災に関わらなかった人達にも大きな意識改革をもたらしました。マンション居住者にももちろん影響はあり、多くのマンションでは2011年以降、管理組合において震災対策や耐震診断についての検討が行われています。特に1981年以前に建てられたいわゆる「旧耐震基準」のマンションでは耐震診断も含めた検討が急務であり、その検討を全く行わなかったマンションはおそらくなかった事でしょう。それらの検討の結果として、旧耐震基準のマンションでは実際に耐震診断や修繕作業が行われたのでしょうか? 震災の2年後に東京都が発表した「マンション実態調査」というものがあります。東京都の震災計画を策定するために、実際に都内のマンションについて耐震診断等の実施状況を調査したものです。この調査によると、都内にある旧耐震基準の分譲マンションのうち耐震診断を行った物件は17.1%、実際に耐震回収実施率は5.9%となっています。逆に言えば8割以上のマンションではマンションの耐震診断すら行っていないという事になります。あのような震災があった直後に、耐震診断すら行っていない・あるいは行わないとしたマンションが多数を占めるという実態がこの調査によって明らかになったわけです。では、その理由はどこにあるのでしょうか?実は筆者自身、2011年当時は旧耐震基準の分譲マンションに居住しており、偶然にも震災直後の4月から管理組合の理事長に就任したため、その年の管理組合作業はそのほとんどをマンションの防災についての検討作業で費やしました。実際に耐震診断を行う業者の方とも打ち合わせを行いその実施可否等についても検討しました。まさにこの東京都がこのアンケートを実施した時点で、マンションの管理組合の理事長として震災対策を検討していた当事者だったのです。そして、検討を重ねた結果、私が住んでいたマンションが導き出した結論は「耐震診断を行わない」でした。そうです。他の多くのマンションと同じ結論だったのです。それでは、なぜそのような結論に至ったのか。当時、実際にマンションの耐震について検討を行い「行わない」という決断を行った当事者としてその理由を解説したいと思います。

監修者:針山昌幸

針山昌幸 プロフィール写真

株式会社Housmart 代表取締役
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マンション実態調査の内容

まずは東京都が行ったマンション実態調査の概要についてを説明します。古くからマンション分譲が行われている東京都内には1981年以前に建てられた旧耐震基準のマンションが数多く存在します。実際に、都内のマンションのうち22.3%にあたる1万1892棟のマンションが旧耐震基準で建てられたマンションだそうです。(数字は2011年現在)東京都は、これらのマンションを中心に耐震に関するアンケート調査を実施しました。アンケートの実施は震災の余韻がまだ覚めない2011年8月で、実際のアンケート回答率は25.6%でした。アンケートに回答したマンションのうち旧耐震基準の分譲マンションからは2322棟から回答がありました。その2322棟における耐震診断の実施状況を見ると、実施済が17.1%、実に残り82.9%が未実施だったのです。未実施の82.9%の物件について耐震診断の検討状況を確認すると、「今後実施予定」のマンションが11.7%。「検討中」が29.5%、そして「検討していない」が58.9%だったのです。震災があったその年の夏の調査で、多くの旧耐震基準のマンションの大半では「耐震診断を行うつもりがない」という結論を出していたのです。ちなみに、実際に耐震診断を行った物件の結果を見ると震度6〜7程度の規模の地震がきたときに「倒壊の可能性がある」と診断されたマンションが約40%、「倒壊する可能性が高い」と診断されたマンションが約20%あり、調査したマンションのうち過半数にあたる約60%のマンションでは「耐震補強の必要あり」という結果が出ています。やはり旧耐震基準のマンションで耐震診断を行った場合、ある意味当たり前なのですが、大半の物件で強度不足という調査結果が出るようです。

なぜ耐震診断を行わないのか

実際に耐震工事が必要だという判断が下されるマンションが多いにもかかわらず、なぜ耐震診断を行わないという結論を出しているマンションが多いのでしょうか?いくつかの理由がありますが、最大の理由は「費用」つまりお金です。非常にわかりやすい現実的な理由ですが、しかし「お金で済む問題ならみんなでお金を出し合ってでも耐震診断すればいいじゃない。命がかかってるんだから」と思う方がいるかもしれません。しかし、話はそう単純ではないのです。私も実際に耐震診断を行う会社の方とも打ち合わせを行ったのですが、耐震診断には約300万円ほどの費用がかかります。ちなみに耐震診断は具体的にはどういう事をするかというと㈰「設計図を基にした強度計算」 ㈪「実際のマンションを調査し設計図通りに作られているかの確認」 ㈫「コンクリートのボーリングを行いコンクリートの劣化具合の確認」を行います。㈰「設計図を基にした強度計算」は、文字通り当時の設計図を元に、現在の基準で強度計算を行い、実際にどの程度の耐震性があるかを調べるものです。古いマンション、管理の悪いマンションでは当時の設計図が残っていないものもあり、その場合、㈪以降の調査でできるだけ耐震性を確認するようにします。㈪「実際のマンションを調査し設計図通りに作られているかの確認」は大事な作業です。設計図を元にした計算結果はあくまでも理論値です。実際のマンションが設計図通りに作られていてはじめて、その通りの数字になるわけですから、実際のマンションを確認し設計図通りに作られているかを検証するわけです。最近では三井(旭化成)の横浜のマンションの杭打ち不良問題がありますが、「設計図通りに作られていない所謂手抜き工事マンション」に関する報道は毎年のようにニュースになっており、実際の建物の調査は絶対に必要になります。㈫コンクリートにも寿命がある事をご存じでしょうか?詳しい説明はまた別の機会にしますが、マンションを構成しているコンクリートにも寿命があり、徐々に劣化していきます。いくらきちんとした設計でちゃんと建てられたマンションでも、肝心のコンクリートがボロボロで鉄筋に錆が発生しているマンションでは正しい強度は得られません。そのため、壁に小さな穴をあけサンプルを取得する事で、実際のコンクリートの劣化を調べる必要があるのです。マンションの耐震診断は上記の作業を行うのですが、約300万円ほどの費用が発生するのです。もっとも、例の横浜のマンションのくい打ち不良に関しては現地調査を行ってもわからない類のものであるため、この耐震診断ではわからない事になります。つまりこの耐震診断にも限界があるという事です。さて、耐震に関してかかる費用がこの300万円だけであれば、おそらく多くのマンションで耐震診断を行ったと思います。積立金の余裕については各マンション毎に違いがあるでしょうが、この300万円すら出せないマンションはそう多くはないはずですから。しかし問題はその先にあります。300万円かけて耐震診断を行った結果、もし不適という判定が出たならば、そこで耐震改修工事を行わなくてはなりません。しかし、その工事内容についてどのような内容でどのような金額になるかが全く想定できないのです。耐震診断をまだ行っていないわけですから、そこで発生する工事内容について想定できるはずもありません。たとえば、100万円で柱を一つ追加すればいいだけかもしれませんし、数千万円かける大工事になるかもしれません。一般のマンションの積立金では数千万単位の補強工事はかなり無理がありますし、現実的には不可能に近いものです。しかも、すでに居住中のマンションですから、当然工事中の住環境は悪化します。室内に柱を追加するかもしれません。 窓に補強を入れ、面積が半分になるかもしれません。どのような工事になるかが全くわからないのです。しかも補強をした結果、室内には柱が走り窓面積は半分になり…では、果たしてその工事を実施するのがいい事かどうかすら疑問が生じます。さらに、可能性としては「補強工事自体が不可能」の可能性もありえます。仮に抜本的な補強が必要だという結論が出ても、すでに建築済のマンションである以上、根本的な補強は不可能であるためです。つまり、300万円の耐震診断は可能でも、その先の「耐震工事」が費用等の理由により行えない可能性が高いのです。また、耐震診断を行い不合格の判定が出て、さらに耐震工事を行わない場合、不動産取引時に重要事項説明として「耐震診断不合格」である旨を記載する義務が生じるのです。耐震診断を行った事をなかったことにできないのです。つまり、資産価値が目に見えて下がるのです。しかし、そもそも耐震診断自体を行わなければ、目に見える資産価値の低下は発生せず費用も全く発生しない…これでは多くのマンションで耐震診断を行わないと判断するのは当たり前の話で、このアンケートの結果は当然の結果だと言えるでしょう。

震災における都下のマンションの被害状況

そうはいっても、私たちのマンションでは上記だけの理由で「耐震診断を行わない」と結論づけたわけではありません。私たちがお願いしているマンション管理会社は比較的大手だったので、そこで管理を請け負っている東京の全てのマンションのうち、震災により被災したマンションがどれだけあったかを報告してもらいました。(ちなみに私達が居住していたマンションには全く被害がありませんでした)その結果、詳細については記載できませんが、管理会社が管理を請け負っている都内のマンション約300戸のうち2戸で震災により中程度以上の被害が発生していた事がわかりました。いずれもマンションの壁にひびが入る等、躯体に損害が発生していて明確に補修が必要となる案件です。そして、この2件のマンションについて確認したのですが、どちらも「新耐震基準」で建築されたマンションだったのです。一つのマンションは築10年ほどの比較的新しいマンションでした。その結果を受けて私たちのマンションではこう結論づけました。「実際に、東京都内で新耐震基準で建てられたマンションでも被害が発生している中で、当マンションは震災にあいながら全く問題が発生しなかった。その事実をもって、あえてリスクのある耐震診断を行う必要はない」要するに「実際に今回の震災で問題がなかったという実績を評価しよう」という結論です。そして、これは筆者の想像ですが、多くのマンションで同様の結論を出したものと思います。その結果が、多くのマンションにおいて耐震診断を行う予定がない、という先の調査結果につながったのです。

まとめ

マンションであれ戸建てであれ築年数が経過した建物には不安があるものです。実際に、水回りの老朽化やコンクリートの劣化等不安になる要素は沢山あります。しかし、たとえば今回の横浜で起きたマンションくい打ち不良問題や、昨年やはり横浜で起きた「パークスクエア三ツ沢公園」が傾いた問題等、ある程度年数が経過する事で問題が発生する物件は存在します。報道されないものも含めれば、実際問題として、年数を経過する事により大なり小なりマンションには問題が発生してくるものです。そんな中で建築されて数十年の時を経て、実際に地震や台風等にあいながら現在問題なく建っている物件には「実際に問題なく数十年が経過したという実績」があるわけです。もちろん、修理履歴等の確認は必須ですし、特に震災時に何か改修を行っていないか等の確認は必要ですが、不動産については「実際にそこにずっと建っている」という実績自体が耐震性の評価の対象となる面もあるという事です。
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マンションジャーナル編集部

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