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狂喜乱舞!80年代のバブルは本当にクレイジーだった!

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狂喜乱舞!80年代のバブルは本当にクレイジーだった!

最近では「不動産バブル」という言葉もニュースで出てくる様になりましたが、市場の熱気で言えば80年代のバブル期には遠く及びません。80年代のバブル期を懐かしく思う50代以上の人は多いでしょう。当時は、今の若い方には想像もつかないような光景が、あちこちで繰り広げられていました。

バブルを象徴していたのは株と不動産。あの頃の不動産業界は、異様なほど活気を帯びていました。誰もがイケイケで、土地を買いまくり地価はうなぎ上り。金融機関は誰かれ構わず融資するといった勢いでした。もっとも、程度はありますが、審査は今と比べようもなく甘かったのは事実です。

ホテルのロビーにタムロする強面のオジサマたち

新宿西口のあるシティホテルのロビーでは、ダブルのスーツを着た強面のオジサマたちが資料を見ながら会合していました。当時は今と違って携帯電話はなく、ロビーの公衆電話に群がっていました。

打ち合わせ↑不動産業者のイメージが悪いのはバブルの影響!?

会話を聞いていると、「その玉に団子はいくつ付いている?」と言った会話が飛び交っているのです。彼らのいう玉とは土地のことで、団子とはその物件に関わっている業者という意味です。つまり、団子の数で仲介手数料を山分けするというわけです。

帝国ホテル↑ホテルのロビーでは日夜怪しい打ち合わせが繰り広げられていた(photo by wikipedia

当時は土地の買い手は幾らでもいて、売り物件の争奪戦でしたから一つの物件に何社も関わっていることが多かったのです。なので、団子の数は少ないに越したことはないということです。団子が多くなれば、それだけ取り分が減るわけですから。

今では死語になりましたが、当時は地上げ屋という存在がいて、大概はちょっとヤバイ筋の方たちが携わっていました。地上げ屋が何をするかというと、小さな土地を買い集めて、ある程度のボリュームにして大手のディベロッパーに流すのです。ちなみに当時の銀座4丁目の土地は、坪単価が1億円を超えていました

銀座↑とてつもない値段がついた銀座の土地

上野あたりでも幹線道路に面していれば、坪単価が4,000万円という物件もあったくらいです。地上げに使われるお金の出処は色々ですが、あまり公にできるお金ではなかったようです。なので、ロビーにタムロしているオジサマ方は、そっち系の人が多かったのです。 >>マンションを買うなら知らないと損するサービスとは?

新興デベロッパーがマンションを売りまくっていた時代

土地を仕入れてマンションを建設すれば、とにかく売れる時代でした。接道6メートル以上、容積率200%をクリアしている土地であれば殆ど買っていました。傾いた地方の観光ホテルや、リゾートマンションなども買い漁っていたようです。

マンションを作れば作るだけ売れる↑作れば作るだけマンションが売れていった

なにせマンションの値段は高騰の一途。都心部では20㎡に満たないワンルームでも、5,000万円を超える値段が付けられるような状態だったのです。ディベロッパーのオフィスのFAXには、毎日のようにおびただしい数の物件情報が送られてきていました。中にはいい加減な情報もあって、売り主が誰だかわからないといったこともあったようです。当時の担当者の話によると、情報のネタ元が信頼できる相手か見極めるのが大変だったそうです。なるべく売り主に近い情報出ないと、売買交渉がスムーズに進みませんからね。

打ち合わせ2↑信頼出来る情報か判断するのも大変

新興ディベロッパーが取引する金融機関は、銀行ではなく信販系がメインでした。今では信じられないことですが、信販系から融資を受けると融資額の3%程度のキックバック(お礼金)があったのです。当時の実質金利は5%以上でしたから、3%キックバックしても融資したかったのでしょう。融資担当者も成績を上げるのに必死で、融資した資金を回収するという概念が欠落していたのかもしれません。もっともそれが、バブルが弾ける一因でもあったのですけどね。

3,000万円のダイヤモンドが飛ぶように売れた時代

御徒町の宝石街では、3カラット以上のダイヤモンドが飛ぶように売れていました。それも指輪などの製品ではなく、クオリティの高いルース(裸石)での取引です。誰が買うかというと、主な買手は土地や株で儲けた人たちです。要するに税金逃れ、つまり脱税用。ですから、取引は全てキャッシュで行われていたのです。

diamond-316611_640↑ダイヤモンドは脱税ツールだった

何故、金ではなくダイヤモンドなのか。例えば、1億円分の金塊なら1グラム4,000円だとすると25キログラムになりますので、隠すのは容易ではありません。しかし、ダイヤモンドなら10億円分でも手の平に乗りますから隠すのは容易です。だから金塊ではなく、最も換金性の高い宝石であるダイヤモンドが飛ぶように売れたのです。

信じられない様な脱税が横行していた

当時はまだ消費税はなかったのですが、宝石などの贅沢品には15%の物品税が掛かりました。通常は消費者から徴収するので、業者間の取引では物品税が掛かりません。実際には消費者に売るのですが、なにせ消費者は税金を逃れる目的で買うのですから、物品税など払ってくれるわけがありません。

そこでダイヤモンドのブローカーはどうするかというと、業者間の取引という形で伝票処理をします。そして伝票の飛ばし屋に5%の手数料を払って、架空の納品書を発行するわけです。そして、伝票の飛ばし屋は倒産したことにして雲隠れする、という段取りです。そうなると、そのダイヤモンドは行方不明になりますが、ブローカーの手元には納品書があるのでお咎めなしということになります。これが、バブル時代のダイヤモンドを使った脱税のカラクリです。

https---www.pakutaso.com-assets_c-2015-08-150303051930-thumb-1000xauto-18954↑今では信じられない様な脱税が横行していた

クラブやバーは大繁盛

銀座の高級クラブはもちろんのこと、日本中の飲み屋街が盛況でした。お一人様の料金が2万~3万という店はザラで、週末は満員で入れないこともしばしば。特に建築、不動産業界の営業マンは、湯水のように経費を使って飲み歩いていました。会社の経費を使って、飲み屋のお姉さんを連れてゴルフ三昧というのも珍しいことではありませんでした。ゴルフの後は料理屋で食事して、それから彼女たちの店に同伴出勤。それを経費で賄っても、営業成績が良ければOKだったのです。

タクシー↑タクシーを捕まえるのも一苦労

そして、帰りのタクシーを捕まえるのが一苦労でした。タクシーの運転手さんも、なかなか強気で客を選ぶのです。どうも、近距離のお客かどうか、見れば分かるらしいのです。なので、空車なのに止まってくれないことが良くありました。なんとか止まってくれても、行き先を告げると乗車拒否されることも。今では邪魔なくらいタクシーが道路に並んでいますが、あの頃は夜の繁華街で客待ちをしているタクシーなど皆無でした。

オレたち花のバブル世代

80年代のバブル時代は、多くの人の金銭感覚が異様でした。海外の美術品を途方もない高額で買い付けて、世界中からひんしゅくを買うこともありました。ある意味、品性のない時代でもありました。ただひとつ言えることは、お金が回らなければ経済は良くならないということです。当時は、それなりに世の中でお金が回っていました。ただ、出口を間違えたのが、混乱を招いた大きな要因と言えるでしょう。

バブル4

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